20180924の読書

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2018年9月24日の読書。

サピエンス全史(上)

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福』(ユヴァル・ノア・ハラリ)の続き。

「神話による社会の拡大」。

人々が、ごく個人的な欲望と思っているものさえ、たいていは想像上の秩序によってプログラムされている。

お、このあたりの話は、今月開催した僕の講座(「『投資脳でつける家計簿』講座」)の話に似ているぞ。

【振り返り】「『投資脳でつける家計簿』講座」を開催しました。

今日の人々が外国での休暇にたっぷりお金を注ぎ込むのは、ロマン主義的消費主義の神話を心の底から信奉しているからだ。

神話。

すべては誰かの創作であり、人間の想像の中の出来事だということか。

経済と神話との関係は、前に読んだ『善と悪の経済学』でも語られている。

後で深掘りしていきたい分野だ。

最近の、「モノは、ストーリーで売れ」みたいなのは、こういう話を俗っぽくした話なのだろう。

次の章に入り、「書記体系の発明」。

「へええ」と思ったのは、「完全な書記体系」と、「不完全な書記体系」という話だ。

・完全な書記体系とは、話し言葉をおおむね完全に記録できる記号の体系を意味する。

・不完全な書記体系とは、限られた活動の分野に属する、特定の種類の情報しか記録できない記号の体系を意味する。

不完全な方は、数学の記号とか音楽の記譜法みたいなもののことらしい。

では、完全なほうが優れているという話かといえば、そうではない。

必要がなければ、不完全なものだけでもよかったりする。

ここでシュメール人の例が出てきて、先ほども触れた『善と悪の経済学』に、シュメール人によるギルガメッシュ叙事詩についての記述がたくさんあったことを思い出した。

シュメール人という切り口がいいか、それともギルガメッシュ叙事詩がいいかわからないが、入門書を読んでおいてもいいかもしれない。

小説修業

小説修業』(小島信夫、保坂和志)。

読了。

「あとがきにかえて」という、保坂さんによる、小島さん追悼文がいくつか載っていた。

僕はそれを明らかに初めて読んだので、やはり以前に読んだのは単行本版であったと確信した。

「はっきり思い出せないのだが、当時は単行本で読んだのではないか。」という前日の疑問は解決した。

小説家による、小説についてのエッセイというのはとても小説的で、僕はあまり線も引かずに読み進めた。

小島さんがすごすぎると思ったのは、たとえば次の箇所だ。

保坂さんは今でも私より四十歳年下なのだから、あのときも、そのくらい年下であったにちがいない。

読みながら、声を出して笑ってしまった。

「そこまでおもしろいか?」と思うかもしれない。

このおもしろさを説明するのはとても難しく、引用に前後の文章を追加したからといって、理解できるわけではない。

本書全体を読むと、わかるかもしれない。

僕はこの『小説修業』を、おそらく2006年か2007年くらい(もしくは、もっと前)に読んだ。

今回再読して、カフカの『』の話がたくさん出てきていることに驚いた。

僕が『』を読んだのは2016年。もしかしたら、『小説修業』などで「ふうん、『』かあ」と思い、それがなんとなく頭に残り、会社を辞めることを決めた2016年初めに、書店でふと手にとって読み始めたのかもしれない。(そうではないかもしれない。)

そう考えると、読書というのはおもしろくて、知をつなげてくれる本を読んでいきたいなあと思う。(今僕がnoteで書いている『投資脳で生きる』も、読んでくれる人の知識に少しでも貢献したいところだ)

本書でも触れられている、小島信夫さんの『美濃』は、先日入手済みなので、今読んでいる三冊(『サピエンス全史』、『文章読本(谷崎)』、『マルクスを再読する 主要著作の現代的意義』)のどれかを読み終えたら、取り掛かってみようと思う。

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