20180925の読書

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2018年9月25日。

雨で、頭が痛かった。

本は、少しだけ読んだ。

サピエンス全史(上)

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福』(ユヴァル・ノア・ハラリ)の続き。

あまり進まなかったが、「想像上のヒエラルキーと差別」の章を楽しく読んだ。

楽しく読みながら、僕は多少の不安を覚えた。

「これは、大丈夫なんだろうか」

何を思ったかというと、

「この本はサピエンス全史で、ちょっと前まで小麦がどうのこうのという話だったはずなのに、いつのまにかアメリカやインドの差別や階級の話になっている。例示にしては長すぎる。あえてニュートラルに、そして批判的に読む必要があるかもしれない」

ということだ。

ここからは特に、「それは本当か」「なぜそう言えるのか」と本(の向こうの著者)と対話しながら読み進めてみる。

マルクスを再読する

『サピエンス全史』を読んだ頭のまま、マルクスを再読する 主要著作の現代的意義を開くと、「エソロジー(動物行動学)的マルクス」という話の部分で、「類としての人間がもっている類の保存機能」みたいなことが書いてあって、しばらくどちらの本を読んでいるのかわからなくなった。

こういう、「これはあの本にも書いてあったことを参照すると、さらに理解が深まるな」という知識のネットワーク化は、読書の醍醐味のひとつだ。

さて、読み進めると、『哲学の貧困』の章。

マルクスは、プルードンのアソシエーション論を批判したものの、実は言っていることはあまり変わらないんじゃないかという的場先生の見解。

共同体としての「アソシエーション」という用語は、コミュニティ(101年倶楽部)を立ち上げた直後から気になっていて、『世界共和国へ―資本=ネーション=国家を超えて』や『トランスクリティーク――カントとマルクス』(ともに柄谷行人)を読んだりした。

続いて、『共産党宣言』について。

内容的には「共産主義者宣言」が正しいのだが、ここまで定着してしまったらしかたない。

という、研究者が感じるであろう歯がゆさがおもしろい。

気づけば234ページまで来た。

が、まだあと150ページほどある。

文庫本の、なんとお得なことか。

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