20181001の読書

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10月1日。

暑かった。

美濃

読書は朝だけ。

美濃』を読み進めた。

保坂和志さんの解説には、こんなくだりがある。

たとえば、「ルーツ 前書 (四)」の後半部、ページで言えば120ページの「私は誰かの説の受け売りかもしれないといくぶんおそれてはいるものの、……」から、章の終わりまでの部分、これは112ページの「シナの百科事典」についての話あたりから始まり出すのだが、この七ページの狂騒はなんだと思う。
 たいしたことが書かれているわけでもないのに、ブラスバンドがあちこちで高らかに不協和音を吹き鳴らしているような騒々しさに満ちる。

僕は前日にこの解説を読み、内容を覚えていた。

「いよいよ問題の120ページだ!」と、楽しさを逃すまいと、読み進めた。

たしかに、わちゃわちゃしている。

しかし、保坂さんほど、この部分に感銘を受けることはなかった。

少し残念な気もしたが、これも自分の感覚ということなのだろう。

ちなみに昨日読んだ範囲で、僕がおもしろいと思ったのは次の文中のカッコ書きだ。

私が「モンマルトルの丘」の中で書いたように記憶しているが、(書いていないかもしれない。そうとすればやがて書くつもりでいるのだ。そうしてそれは作中の小説家古田が、詩人の古田に向って説教しているところに出てくるはずなのである)一度世の中に出ると翌朝から、注文をことわるのに、秘術を尽くさねばならなくなるのである。

この『美濃』は、終始この調子で、しかも虚実織り交ぜてある上に、メタフィクションというか、美濃の中に美濃を書く話が出てくる。

読んでいると、「巻き込まれている」と感じる小説なのだ。

僕は、作品の世界に入り込みつつあるのだろう。

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