20181024の読書

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10月24日。

夕飯の後、仮眠のつもりで横になったら、朝まで寝てしまった。

眠ったのは20時くらいだろうか。

今朝(10/25)、5時に起きたものの、ひどく頭が痛かった。

毎朝の習慣である「手帳」も「ブログ」も諦めて、5:30に再び布団へ。

結局起きたのは7:30で、日中は頭痛にみまわれた。

イブを2回飲んで、今はおさまっている。

眼精疲労、肩こりによる頭痛なのだろう。

小島信夫、寓話、残光

さて、10月24日の読書。

そろそろ違うものを読み始めるかと思ったが、やはり『残光』(小島信夫)だけを読んだ。

すっかり小島ワールドを満喫している。

この『残光』を読んでいるうちに、『墓碑銘』を読みたいと思い始めた。

墓碑銘』は、『寓話』と世界観がつながっており、それらはともに『残光』とも接続している。

というか、『残光』は、すべての小島作品を包含している。

『寓話』を読もうと思ったとき、『墓碑銘』のことは頭にあった。

『寓話』は、「『墓碑銘』の登場人物から電話がかかってくる」という不思議な小説なのだ。

だから、先に『墓碑銘』を読んでからにしようと思うのは自然だ。

しかし私は、そのことをあえて無視して『寓話』にいこうと思った。

おかしな話だが、小島作品は、読む順番などの準備を周到にしても、意味がないのではないかと考えたのだ。

良い意味で、どうせ理解できない。

だから、読みたいものから読んでいき、さらに何度か読み直したすえに、少しだけわかったような気になればいい。

そんな見通しだった。

思えば最初に『残光』を読んだときも、私は『寓話』も『菅野満子の手紙』も『別れる理由』も知らなかった。

それでも、『残光』を「なんとなくおもしろい」と思って読み、しばらくそのことを忘れ、今再び読み始めている。

その前に『美濃』を読んだので、少しだけ小島信夫についての理解が深まっているかもしれない。

読書、とりわけ小説の味わい方というのは、奥が深い。

小島信夫を読みながら、私はそのことを痛感している。

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