個人はブログに、日記・随筆しか書いてはいけない

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しばらくこのブログを更新していなかったので、書いてみます。

中身。

はないかもしれません。

かもしれないというのは何でかというと、もしかしたらこういう文章にしか価値はないのかもしれないと思っているからです。

巷では、だいぶ下火になりましたが、依然として「情報発信」なる、わかったようなわからないような言葉を見かけます。

ほうほう、情報発信とは何ぞやと思ってそれを言っている人のブログを見に行っても、なんかジャンクフードだかを食べたとか、サラリーマン向けの自己啓発書にはこういうことが書いてあったとか、そんなことが書いてあったりします。

もっと情報発信度が高いと思われる人のブログには、このWi-Fiがいいとか、この転職サービスがいいとか、いわゆるおすすめの商品を買えということが書いてあります。

わたしは、カップ麺を消費した話も、転職サービス申し込めみたいな話も、興味がありません。

どういうことかというと、

カップ麺も転職サービスも、もしわたしがカップ麺好きの求職者だったとしても、それを情報だと思うことはできません。

さらに正確に言うと、広義では情報だと思いますが、どうして広義かというと、それはノイズだからです。

誰にとってノイズかというと、それはカップ麺に興味がある人と求職中の人すべてにとってです。

わたしは、はっきりと、言いたい。

情報発信などというものを個人で行うのはやめたほうがいいと。

個人は全方位に情報を収集できない

なぜノイズになるかというと、それがカップ麺情報の発信ではなく、情報発信だからです。

「全方位に網を張ったうえで、たまたま今回カップ麺だったので、この記事ではカップ麺情報の発信だ」

そう思うかもしれません。

でも、違うんですよ。

それは、できないんです。

全方位に網を張るということは、それだけインプットは分散されているわけですよね。

当然、そのうちの1つであるカップ麺なんて、出がらしのお茶みたいなもので、ほとんど味がありません。

薄いんです。

全方位の代表格は、新聞ですね。

NHKなんかもそうかもしれません。

彼らが情報を収集するのに、いったい何人の人がかかわっているんでしょうか。

(調べるの面倒なので調べません)

まあ、10人や20人ではないことは間違いないですよね。

収集に、ですよ?(発信に際しては、また多くの人が関与しますよね)

何が言いたいかというと、自分のテーマを持たずに何でも書くというスタイルは、発信するに足る情報をつくれないんですよ。

逆に言えば、1日中カップ麺のことを考えれば、可能性はあるかもしれませんね。

ブログにおける本音と建て前

一方、特におすすめでもないWi-Fiをおススメするアプローチもまた、「なんか違うなあ」と感じています。

それは、営業とか販売代理とかの類であって、情報発信ではありません。

そんなのどっちでもいいじゃんと思うかもしれませんが、本当にそうでしょうか。

「情報を探している人に対して、適切な情報を発信して価値を届け、結果としてリンクから商品をクリックしてもらうんだ」

というのは、本当でしょうか。

そうであるならば、大半の場合には広告収入はブロガーに入らないことになります。

世の中にある、多くのいい商品には、アフィリエイトなど設定されていないからです。

「そういうものもすすめながら、たまたまアフィリエイトがあった商品をすすめることがあり、それが売れた」

というのなら理解できますが、そんなことはないでしょう。

アフィリエイトにならない商品をすすめていないということは、本当におすすめしていることにならないと思うのですが、いかがでしょうか。

情報を発信していると言いながら、実際には紹介料の高い商材をおすすめだと言い張るのは、まっとうな行為には思えません。

本音と建て前が違いすぎると、長期的にはうまくいかないのではないでしょうか。

読まれなければいけないは本当か

では、個人のブログにおける、建前のない本音とはなんでしょうか。

全方位の情報発信が無理だとして、販売代理は情報発信ではないとして、いったい何を書けばいいのでしょうか。

前述のような、テーマを絞った発信でしょうか。

それも一つの選択肢ですね。

日記はどうでしょう。

「ブログで情報を発信しよう」というアドバイスには、しばしば「日記を書いても読まれない」という忠告が伴います。

わたしから言わせれば、「読まれないと何がいけないのか。友人が読むだけではなぜいけないのか」がわかりません。

読まれないといけないというのは、そうしないと収益が上がらないのでやる意味がないという発想からくる発言です。

そして、「別に趣味で書くのならいいんだけど、読まれるブログにするなら情報を書かないと」と続きます。

どうも腑に落ちません。

検索に引っかかることを読まれると呼ぶんでしょうか。

それなら、例えばいい本の定義は「書店で平積みされる本」になってしまいます。

読書が好きな人が読まない本ばかりです。

なんとも奇妙ではありませんか。

情報ではなく日記・随筆として書け

話を戻して日記について。

で、日記は平積みされない(検索結果の1ページ目にこない)から書かない方がいいというのは、つまるところ「儲からないと意味ないですよね」ということです。

意味!

出ました。

最近の世の中でもっともかっこ悪い考え方の一つですね。

「役に立つかどうか」で物事を判断するからそういうことを言うんでしょう。

日記は、検索されないので広告収入は生まれにくいですね、たしかに。

それが、「日記を書いてはいけない」の正体です。

もうね、発想を変えましょうよ。

検索されなくていいです。

今までの友人・知人や、最近出会った人に読まれればそれで十分ですよ。

だって、誰が読もうが、最大の受益者は書いたあなた自身なんですから。

経験や思考を自分の言葉にして出す(そしてそれを自分で読む)ことをした時点で、もう目的は達成。

自分を客観視して、ある日気づいて、気づいたら成長しているんですから。

自分の経験、思考を、どんどん書きましょう。

1記事1テーマにしようとかも関係ないです。

シェアとかされなくていいんですから。

「情報」じゃないから大丈夫です。

ということで、ブログには日記(的なもの。本当の日記は人に見せないもの)や随筆(日記よりもこちらのほうが実態に近いでしょう)しか書いてはいけません。

まあ、会う人会う人、「ブログ読んでます、おもしろいですね」って言ってくるようになるから面倒ですけどね。

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