同じ漫画を何度も読む

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時折(数年に一度のときもあれば、数ヶ月に一度のときもある)、コミック誌を購入する。

今、どんな漫画が連載されているのかを知るためだ。

最近、その理由で、少年誌を購入した。

ジャンプ、マガジン、サンデー、チャンピオンだ。

読みきれずに、1週間遅れになった。

先ほどようやく、1週前の号を読み終えた。

今週からは、もう買わない。

読んだ中では、ジャンプが圧倒的におもしろかった。

マガジンは、予想以上におもしろかった。

チャンピオンは、まあまあおもしろかった。

サンデーは、ちっともおもしろくなかった。

サンデーを貶めたいのではない。わたし以外が読んだら、きっと違う感想になるはずだ。現在のわたしという人間は、現在のジャンプをおもしろいと思う人間性であるというだけの話だ。

人が何をおもしろいと思うのかというのは、年齢や人生経験によって変わるものだと思うし、それはつまり、人は、昨日とは違う人間になっているということだ。

一昨年、「マチネの終わりに」という小説を読んだ。

そのときわたしは、主人公の蒔野の目線で読んだ。

しかし、昨年再読したときには、マネージャーの三谷に共感した。

違う読み方をしようとしたわけではない。

わたしという人間に、変化があったからこそ、同じ文章を読んで、違う感じ方をしたのだ。

子どもの頃、「ドカベン」と「ドラゴンボール」を、繰り返し繰り返し読んだ。

知っている話なのに、それでも読む。

ところが、大人になってからは、そういう読み方ができなくなっていた。

次から次に、新しい漫画を読む。

それはそれで、たくさんの情報に触れているわけだから、いい面もある。

しかし、「ドカベン」や「ドラゴンボール」のように、隅々まで読んだ作品はない。

ストーリーも、覚えていない。

本当にそれでいいのだろうか。

ということを考えていて、石ノ森章太郎の「幻魔大戦」を読んだ。

何回でも読みたいと思った。

昔の漫画を読むという行為には、魅力がある。

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