カフカ「失踪者」

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どうも眠れぬので、Ulyssesを開いて文章を書いてみようと思う。
今朝、カフカの「失踪者」を読了した。
主人公のカール・ロスマンという青年が、いくつもの「つらいこと」に遭遇しながら暮らしていく小説である。
同じカフカの「変身」のように、虫になったりはしない。
朝起きたら虫になっていて、家族ともコミュニケーションがとれなくなっていき、本当に虫として生きなければならなくなる、という「変身」に比べれば、「失踪者」のカールの身に降りかかることなど、しょせんは「誰にでもあるかもしれない」程度の事柄だ。
にもかかわらず、または、だからこそ、わたしは、「変身」で虫になってしまったザムザよりも、アメリカに送られたうえに、そこでも不運な目に遭うカール・ロスマンの方が、「かわいそう」であると感じてしまう。
とはいえ、わたしは、「失踪者」を悲劇として読んでいるわけではもちろんなくて(「もちろん」と書いたのは、カフカの小説を「悲劇」という言葉で括ることは、わたしならずとも違和感があるであろうと思ったからで、ある種の通念であるように感じたからだ)、所々、声を出して笑いそうになりながら通読した。
どんなところで笑いそうになるのかというと、唐突におかしな目に遭うのに、登場人物がそれを受け入れるところだ。
例えば、カールが人の家にお呼ばれしていて、アメリカで住まわせてくれている叔父の家に、まさに帰ろうとしたところに、叔父から手紙が届く。
叔父は、もう帰ってくるなと言ってきて、カールは、それを受け入れる。
読んでいると、現実にこんな展開があるはずがないという思いと、もしかしたらあるのかもしれないという思いが、交錯する。
そして、わたしは笑う。
今回読んだのは、池内紀訳の「失踪者」で、もしかしたら違う翻訳を読んだら、捉え方が変わるのかもしれない。
この、白水社の、カフカセレクションで、「城」を読んでみようと思っている(わたしの手元にあるのは、新潮文庫)。
と思っているが、明日からは「ロミオとジューリエット」を読む。

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