【創作】手帳と橙5

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少し前までは、よかったことと悪かったことを、すべて覚えていた。
何月何日に楽しくすごせて、何月何日に空気がおかしくなって、そのあと戻ったのは……というように。
今、私はそういうことを忘れてしまっている。
忘れるというか、記憶しておくことを頑張っていない。
「肩肘を張る」という言い回しがあるが、以前の状態はまさにそれなのだろう。
現状の自分を、少しずつ肯定できるようになってきた。
そんなことを言っても、明日、忘れてしまうかもしれない。
(こういうのも忘れる)
そうしたら、明後日思い出そう。
明後日が無理なら、明々後日。
何があっても大丈夫な気がしている。
きっと明日もいい天気だ。

手帳と橙5

手帳の書き方を、マニュアルにした。
マニュアルというと、なんか意味が広がってしまうかもしれないので、漢字で書こう。
手順書だ。
わたしは最近、手帳を書くことができなくなっていて、なんとかしたいと考えていた。
最新の手順が複雑すぎて、体が勝手に動くところまで熟達していないせいであろうという仮説を立てた。
だから、まずは手順を文書化して、まずはそのとおりやってみてくださいと自分に命令してみようと考えたわけである。
これまでも、メモパッドに手書きでそれと似たようなことをしたことがあって、数日は効果があったのだが、また元に戻ってしまった。
今回は、Googleドキュメントで打った。
手書きメモなのかPCなのかという違いは、実は大きい。
テキスト入力をしているときのほうが、必要なことすべてを文言に入れようという気になるので、曖昧さが消える。
基本的に、閉じる、というか、「答え」を書くのは、文字入力のほうが手書きを上回ると感じる。

これが、サラサラっとつくった手順書だ。

作っている間、とても懐かしかった。
会社員時代に、こういうものをいくつもつくってきたからだ。
わたしは、文書をつくることが好きなようだ。
(項目から自分で考えていいような種類の文書限定ではあるが)
作っていくと、手順に瑕疵があることがわかった。
抜け漏れだったり、矛盾だったり、重複だったり、有効性が低いものが混ざっていたり、といったことが、文言に落とし込むとわかってしまう。
よく、「資料づくりは、仕事のための仕事だから意味がない。そんなことをやっている暇があったら、動け、売ってこい」みたいな言説を見聞きする。
そういう側面もあるとは理解しつつ、わたしはあえて、文言に落とし込むことのメリットを大切にしたい。
今回、この手順書(マニュアル)をつくって、「やばい、楽しい」ということを感じてしまったので、しばらくマイブーム的にマニュアルを量産するかもしれない。(そして、手帳は書かないかもしれない)

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