保坂和志『遠い触覚』へ

スポンサーリンク

感想を書こうか書くまいか、迷っている本がある。

保坂和志『遠い触覚』だ。

文庫化されていないこの随筆集、ジュンク堂でたまたま見かけ、「そういえば未読だった」と思い出し、購入した。

わたしは保坂和志をよく読むので、本書も楽しく読んだ。

が、感想を書くとなると、かなり困る。

全体をまとめることには全く意味はないし、むしろ「そういうものは意味がないよ」という話が書いてある本ですらある。

かといって、部分を切り取ってそれについて感想を言ったところで、それは『遠い触覚』そのものの話ではない。

だからわたしはここから、読みながら線を引いた箇所を頼りに、『遠い触覚』の感想を探しに行こうと思う。

と書いたそばから、線を引いた箇所と無関係な話から入ることにする。

小島信夫、デイヴィッド・リンチ

本書の第一章は、小島信夫の話だ。

小島信夫の代表作は『別れる理由』ではなく、『私の作家遍歴』と『寓話』だ。

書店で本書を手にとり、この1行目を見て、わたしには、それがつい先日Webで読んだものだということがわかった。

実は『遠い触覚』の内容は、ウェブでも読めるようだ。

「いや、わかってますよ」

とはいえこのサイトは文字が小さく読みにくいのと、何より横書きと縦書きは違うし、300ページ分も読み切ることができない。

だからわたしは、手元に本があったほうがいいと考え、購入することにした。

この章の小島信夫の話がとてもおもしろく、次もこのあたりの話だろうと楽しみに進むと、

第二章の冒頭で

デイヴィッド・リンチ『インランド・エンパイア』のことを書きたい。

という宣言が行われ、以降ずっとリンチについての話だった。

『インランド・エンパイア』へ(1)

『遠い触覚』の目次は、次のようになっている。

  • 「いや、わかってますよ」
  • 『インランド・エンパイア』へ(1)
  • 『インランド・エンパイア』へ(2)
  • 『インランド・エンパイア』へ(3)
  • 『インランド・エンパイア』へ(4)
  • 『インランド・エンパイア』へ(5)
  • ペチャの魂
  • 『インランド・エンパイア』へ(6)
  • 『インランド・エンパイア』へ(7)
  • 『インランド・エンパイア』へ(8)
  • 二つの世界
  • 『インランド・エンパイア』へ(9)
  • 「ペチャの隣りに並んだらジジが安らった。」
  • 判断は感情の上でなされる
  • 作品全体の中に位置づけられる不快
  • もう一度『インランド・エンパイア』へ(1)
  • もう一度『インランド・エンパイア』へ(2)
  • 路地の闘争
  • 時間は不死である

『インランド・エンパイア』というのは、デイヴィッド・リンチの映画のタイトルだ。

わたしは、リンチという監督のことも知らないし、『インランド・エンパイア』という作品も聞いたことがなかった。

だが、何の問題もなく、というかストレスもなく、この『遠い触覚』を通読した。

私の小説を熱心に読み込んでいるが、ことごとく自分の事情に引き寄せた読み間違いになっているという読者がいるもので、私ももしかしたらリンチの観客としてそういう人になっているのかもしれないが、そうであったとしてもそれがはっきりするのもこれから時間も手間も費やしたあとのことで、とにかく私には「リンチ的」であることがおもしろいと感じるときで、おもしろいと感じるときにはそれはほぼいつも「リンチ的」なものだ。

前半の「私の小説を熱心に読み込んでいるが、ことごとく自分の事情に引き寄せた読み間違いになっているという読者がいるもので、私ももしかしたらリンチの観客としてそういう人になっているのかもしれない」に、わたしは線を引いた。

たしかにそういうことは、よくある。

自分もやっているかもしれないし、わたしの話もこれが原因で他人に理解されていないことが多い。

もちろん知らない話は自分の知識を元にしながら理解するしかない。

だが、「いったん自分が知っていることに当てはめて理解している」ということに自覚的である必要がある。

そうでなければ、「理解した」ことになってしまって、でもそれは理解したのではなく、自分の知識のうちでもっとも関係のありそうなものを引っ張り出してきたにすぎない。

つまり、知識は増えていないのだ。

というのが、引用部分の前半を読んで考えたことだ。

だが文は続いているうえに、保坂和志が書きたかったことは後半部分なわけだから、引用はそこで切らずに行った。

そして、引用をしてみて、「なるほど、たしかにそうだ」と思った。

「最近おもしろいのは、○○的なものだ」というのは、意識していないけれど聞かれたらある。

それこそ、わたしは最近、「小島信夫的なもの」をおもしろく感じている。

反対に、ビジネス的なものとネット的なものがつまらない。

『遠い触覚』は、このような感じで、リンチという人の映画の話を読みながら、あれこれ考えることができる本だ。

▼ソレオ文学、発売中!

■『投資脳で生きる』を早割りでGETしよう!!!

▼いしざわの活動

■101年倶楽部、メンバー募集中!

■noteでも情報発信中!フォローしてね

スポンサーリンク
スポンサーリンク