選手兼監督の不知火、リリーフ登板で明訓に敗れる
高1秋の神奈川県大会。
白新高校のエース不知火守は、選手兼監督になっていた。
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「監督」不知火
すごいことだ。
3年生は夏の後に抜けるが、2年生がいる。
キャプテンになることすら難しいのに、なんと監督だ。
15歳か16歳の少年が、である。
なぜそんなことが起こったのか、わたしには分からない。
分からないが、実際に起こったのだから、その「現実」は受け入れなければならない。
そして、その不知火監督は、里中が不在で、岩鬼、殿馬、山田が投げる明訓に敗れた。
なぜか、不知火は先発せず、リリーフ。
長いイニングを投げられない事情があったのだろうか。
だとしても、本塁打を打ったことから分かるように、野手として出場する選択肢もあったのではないか。
不可解だ。
夏には義眼だった不知火は、父親からの眼球移植の手術を受け、弱点を克服してきた。
それでも明訓には勝てなかった。
勝てなかったのだが、最初から投げていれば勝っていたのではないかと思ってしまう。
監督にもならないほうがよかったのではないか。(「近藤の先発」は、不知火監督の采配ミスだ)
それにしても、里中しか本職の投手がいない明訓の、なんと選手層の薄いことか。
▼いしざわのnote