ジブン手帳で、役に立つかもしれないライフログを記録し続けている

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わたしはこれまで、「ジブン手帳」を使ってきた。

この2年間は、計画などはまったく書かず、いわゆる「ライフログ」を書き続けた。

(もっとも、ライフログという言葉は意味が定まっていない。デジタルであることが構成要件であるという説明を聞いたこともあるので、手書きの履歴が狭義の「ライフログ」に該当するかどうかは、不明だ)

はじめて1年続いた手帳

わたしもはじめてジブン手帳を使った2015年は、会議や外出の予定を書くという「普通の」(?)使い方をしていた。

そして、それまで1年間使い続けることができなかったわたしにとって、生まれて初めて1年間手帳が続いたという経験だった。

ジブン手帳は、相性がよかったのだろう。(会社員も含め、「1週間」という時間軸が大切な人にとって、ジブン手帳は最高の手帳だ)

そんなジブン手帳を、わたしは2017年からライフログ専用にした。

メモはちょっとした思い出

わたしはそれまで、15年ほど手帳を使ってきた。

前述のとおり、続かないのであっちに書いたりこっちに書いたりを繰り返していたわけだが、それでもどこかしらに色々なものが書いてある状態だった。

それらの手帳は、大切な思い出である気がするだろう。

ところがわたしは、2016年末に、それらをほとんど処分した。

なぜなら、「大した情報ではなかった」からだ。

書いてあるのは、主として、予定、思いつきなどの走り書きメモだ。

もちろん、捨てる前に見返したときは、会議予定などから「ああ、こんな仕事をしていたなあ、この時期。」などと、多少の懐かしさはあった。

が、以上である。

それがどんな1日だったかは、わからない。

また、メモも、アイデアの種などがたくさん書いてあり、「はは、おもしろいねそれ」などと過去の自分にツッコミを入れることもできた。

だが、それだけだ。

まったくないよりは随分おもしろいわけだから、何らか手帳に書き留めておくことは重要だ。

しかし、いかんせん資料価値が低すぎる。

ライフログで過去の手帳はおもしろくなる「かもしれない」

本当は、やり方次第で、「ちょっと懐かしい」どころではない、すごいことになるのではないか。

そんな思いが、わたしの中に芽生えてきたのだ。

そして、未来のわたしが見たいものの1つとして、「(仕事だけでなく)1日何をしていたのか」を記録したらおもしろそうだと考えた。

始めると同時に決意したことがある。

それは、「やめない」ということだ。

以前仕事で、ビッグデータを専門とする方と話したことがある。

その中で印象に残っているのが、「まずはためないと何も始まらない。だからたまるまでは我慢が必要」という話だ。

わたしのジブン手帳はデジタルではないので、たまっても集計はしない。

でも、「まずはためないと」については同じことだろう。

例えば2ヶ月くらいライフログを続けても、「何の役に立つのかわからない」と感じるはずだが、それは「ログがたまっていないのだから当然」なのだ。

それが当然だとわかっていると強い。

意味とかいうものを考えないで、とにかく書き続けることができる。

わたしは、将来何の役にも立たないかもしれないが、きっとおもしろいことになると思って、2016年11月から今日まで、毎日ライフログをつけている。

まだたった2年。

10年分くらいたまったら、わたしにとってだけの宝になる気がしている。

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